黄泉の世界

   黄泉の世界

 

ナレーション あなたには、相手が亡くなっていたとしてもまた会いたいと思うことはありますか?もちろん、死者の相手とです。これはそう思った人の物語です。

   

   夕方 中学校 廊下

佐藤 なあ、慎一。

慎一 ん?

佐藤 うちの母ちゃんからきいたけど、お前んとこの親戚のおじさん、交通事故で死んじゃったんだって?

慎一 ・・うん。

佐藤 あっ!ごめんな。人が亡くなったことをきくなんて俺ってほんと馬鹿だよな。

慎一 ううん、気にしないで。

佐藤 悪いな。変なこと言って。連絡くれればいつでもまたキャッチボールでもするからさ。いつでも誘ってくれよな。

慎一 うん。ありがとう。    

 

   夜 慎一の自宅

慎一 ただいま。

母  おかえり。慎一。明日なんだけど。

慎一 何?

母  明日学校休みだからおじさんの家に行くわよ。一応、遺品とか整理する必要あるし。

慎一 うん。

母  慎一はよくおじさんに遊んでもらったから辛いかもしれないけど。

慎一 ううん、大丈夫。

母  そう?でも無理はしちゃダメよ。もし辛いなら私1人でも・・。

慎一 ううん、大丈夫。いかせて。    

 

   翌日 おじさんの家 リビング

母  やけに片付いているわね。

慎一 おじさん、綺麗好きだから。

母  同じ兄弟でも、うちのお父さんは全然駄目ね。ちょっとは見習ってほしいわ。

慎一 そうだね笑

母  さて、私は食器棚とか見るから、慎一はおじさんの部屋を見てきて。

慎一 うん、わかった。

   

   おじさんの部屋

   本棚にある本を取り要るものと要らないものを段ボールに分けて入れている慎一。

慎一  んっ?

    1冊だけおかしな本がある。タイトルには「黄泉の世界」。

慎一  あれっ?この本。

 

    回想

おじさん なあ、慎一。

慎一   何? おじさん 人は亡くなったらどこへ行くと思う?

慎一   んー、天国?

おじさん 天国かー。まあ、そう答えるよな。

慎一   ?

おじさん 俺はな、人は亡くなったら黄泉の世界に行くと思うんだ?

慎一   黄泉の世界? おじさん ああ。ほらっ、この本?

     本のタイトルには「黄泉の世界」

慎一   よみのせかい?

おじさん そう。この本によるとだな、亡くなった人は黄泉の世界ってとこに行くらしいんだ?

慎一   で、でも。

おじさん ん?

慎一   それは本の話でしょ?

おじさん それが違うんだな、これが。

慎一   えっ?

おじさん 実は俺、黄泉の世界に一度だけ行ったことがあるんだ。

慎一   ええっ!?

おじさん 3年前に俺バイクで事故って大怪我したろ。重症で3日くらい意識全然戻らなくて。

慎一   うん。

おじさん でもな、俺はそん時に黄泉の世界に行けたんだ。

慎一   ・・。 おじさん 何言ってんだ?って呆れた顔してるな。

慎一   ・・うん。

おじさん 気持ちはわかるけどな。でもほんとなんだ。

慎一   ・・。

おじさん 死んだはずの父さんと母さんがいてさ、それにじいちゃんとばあちゃんも。みんなで近所の焼肉屋みたいなところで話しながら、肉食べてんだぜ。おかしいだろ?でも幸せな時間だったな。

慎一   ・・。

おじさん だからもし、俺が死んだってきいたらさ、黄泉の世界に行ったって思ってくれよ。      

     回想終わり

慎一   ・・。

母    慎一、ちゃんと片付いてる?

     台所から母の声がする。

慎一   う、うん!

      夜 自宅 慎一の部屋

慎一   ・・持ってきてしまった。

     慎一の手元には「黄泉の世界」の本。

慎一   黄泉の世界か。読むだけ読んでみよう。

本の内容 黄泉の世界とは、人の意識が身体から抜けた際に、抜けた意識が行き着く世界のことです。本来、人は身体のほかに、魂と呼ばれる意識体が存在します。魂はいまだに明確な答えが出ておりませんが、人は亡くなるか、亡くなる間際になると魂が身体から抜けると言われています。人の魂が身体から抜けて、抜けた魂達が行き着く場所、それが黄泉の世界です。

慎一   ふーん。黄泉の世界か。

母    慎一、入るわよ。

     扉を開ける音。

慎一   わっ! 母    何よ、そんなに驚いて。

慎一   いきなり入ってくるから。

母    あれっ?その本。

慎一   えっ?

母    それおじさんの本でしょ。

慎一   知ってるの?

母    この本、私が子供の頃からあるからね。黄泉の世界、懐かしいわ。

慎一   黄泉の世界ってほんとにあるの?

母    あるわけないでしょ。迷信よ。あっ、この本といえば。

慎一   何?

母    おばあちゃんが亡くなった時に、なぜかおじさんだけこの本を持ちながら何か言ってたわ。

慎一   ・・なんて?

母    んー、「きっとまた会える」とかなんとか。私やお父さんは不思議に感じたけど。

慎一   ねえ。

母    何よ?

慎一   おじさんはもしかして、この黄泉の世界に。

母    そんなわけないでしょ。おじさんは交通事故で死んじゃったんだから。

慎一   だから、おじさんは死んで黄泉の世界に!

母    あんたねえ!頭おかしくなったんじゃない。ほら、その本貸しなさい!早く宿題でもやりなさい!

     母、慎一から黄泉の世界の本を取り上げ部屋の扉を強く閉めて立ち去る。

慎一   黄泉の世界。     

     

     翌日 夜 自宅

     リビングで食事中の父と母

母    ねえ?

父    なんだよ。

母    最近、慎一の様子が変なのよ。

父    どういうこと?

母    最近、たかしさん亡くなったでしょ。

父    ・・ああ。交通事故だってな。

母    慎一はたかしさんによく遊んでもらっていてとても懐いていたから悲しいのはわかるんだけど、あの黄泉の世界って本を読んでから、たかしさんが黄泉の世界にいるって。

父    それはないだろ。黄泉の世界なんてただの迷信だ。

母    私もそう言ったのよ。でも、慎一の様子が。

慎一   ただいま。

父と母  !?

慎一   どうしたの?

父    帰りが遅いじゃないか。こんな時間までどこへ行ってたんだ?

慎一   おじさんの家。

母    この前一緒に行ったじゃない。もう用はないでしょ。

慎一   これ。

母    !? そ、その本。

慎一   黄泉の世界の本。もう一冊あったから。

父    慎一、黄泉の世界なんてただの迷信だぞ。

母    そ、そうよ。そんなのデタラメよ。

慎一   そんなことない!! 父と母  !?

慎一   おじさんはきっと黄泉の世界にいるんだ。そう、死んだおばあちゃんだって。

母    慎一、いいかげんになさい!

慎一   うるさいな!!

父    慎一!

     父、慎一の頬をビンタする。

父    いいかげんにしろ!母さんになんて態度だ!

慎一   !!

     慎一、家を飛び出す。

母    慎一!

父    ほっとけ!頭を冷やさせろ!

 

     外      走る慎一。

慎一   はあ、はあ!

?    おや?夜道をランニングですか?勇ましい。

慎一   あなたは?

?    通りすがりのただの老いぼれです。おや?

慎一   えっ?

?    これはこれは懐かしい。まさかその本をお持ちとは。

慎一   この本のことをご存知ですか?

?    勿論です。その本の作者は私ですから。

慎一   えっ!教えてください!?黄泉の世界はどうやって行けば!?

?    あなたはすでに気づいておられるんでしょう?その答えが。

慎一   ま、まさか!

?    そう。あなたの考えている通りです。

慎一   そ、そんな。まさか。

?    さて、私はこれで失礼します。

慎一   ・・。

     

     夜中の街

     父と母、慎一を探して走っている。

父    おい、見つかったか!?

母    いいえ。

父    くそ!慎一のやつどこへ!?

 

     川の橋の上

     橋の上から下の川を覗きこむ慎一

慎一   こ、これで僕も黄泉の世界に。おじさんのところに。

?    おやおや、こんなところでまたお目にかかるとは。

慎一   あなたは!?

?    先程はどうも。こんなところで何をされるおつもりで?

慎一   ぼ、僕も黄泉の世界に行きたくて。

?    なるほど。それで川の下を覗きこんでおられると?

慎一   は、はい。

?    いやあ、これはこれは。何と言葉にすればいいのか。

慎一   はい?

?    先程は私の言葉の意味をご理解いただけたのかと思いましたが、まさかそちらの方でしたか。

慎一   えっ?

?    ないんですよ。黄泉の世界なんて。

慎一   はあ!?

?    わかるでしょ。物語なんてフィクションなんですから。

慎一   ・・そんな。

母と父  慎一!

?    ではこれで失礼しますよ。

母    慎一、大丈夫!?

父    心配させやがって!

母    いいじゃないの。無事なんだから。

慎一   と、父さん。母さん。

父    どこか痛いのか?

母    大丈夫?

慎一   ・・ごめんなさい。僕は本当に馬鹿だ。黄泉の世界なんてあるわけないのに。

父    もういい。帰るぞ。

母    ご飯、ちゃんと用意してあるんだから。      END